2008年11月08日

すきなもの

高校生の頃、ある国語教師に「好きな画家は?」と聞かれ
アルフォンス=ミュシャの名前を答えたところ
「先生も昔夢中になったけど、少女漫画みたいに薄っぺらだからやめたわ」
と答えられたことがある。

そもそもあれはデザイン画ですよ。ポスター芸術ですよ。
何変なもん求めてんだとか。
そんな「純文学みたいなストイックとか深いとか哲学的なやつのほうがかっこいいからそっちにします!」
みたいに手のひら返す価値観のほうが大分薄っぺらなのでは?

とは思っても言わなかった。

というか、好きだ、美しいと思ったものを
よそから与えられた価値観で台無しにするなんてなんて
勿体無いとは思わないのか。

大体高校教師が生徒に聞いといて何だその言い草。

とか、17年くらい経ってから
再びむかついてもしょうがないので。

別の話。

最近音楽にお金をかけていない。単純にあんまり聞いてない。
CDとか最後に買ったのいつでしょう?
少なくとも3年は買ってない気がしますよ?

というわけで最近アルバム買っていないけれど
でも谷山浩子は好きです。好きと自信を持っていえます。

谷山浩子もわりと少女漫画的って捉えられることが多いよね。
少女時代はのめりこむけど、大人になるとちょっとね、みたいな。
だけど私はわりと粘着質にずーっと聞いてきて
ずーっとくちずさんできて
最近になって彼女の言葉の選び方が鋭すぎて恐ろしくなることがある。
私の気持ちのうまく表せない澱の様な所を
そのまま言葉に、メロディーにしてくれる時があって
安易に天才という言葉は使いたくないけれど
やっぱり稀有な人なのだなぁと思う。

「満月ポトフー」の
「思い通り 吹かなけりゃ 風も八つ裂き いい気持ち
 だけどね 大丈夫 こわくない あたし自分がこわくない」

ほど気持ちをすっきりさせてくれた詞はない。
嫌いな人、腹がたつひと、そういう人と相対したときの
相手にだけでなく自分にさえもやもやぐるぐるする気持ちを
爽快に肯定してくれる。

「月見て跳ねる」の歌詞は最初だけみればとてもかわいいのに
前奏からずっと続く不気味な伴奏が不安をあおる。
せつないを超えた悲しいサビのメロディー。
最後に
「世界に凍るような冬がおとずれて 全てをなくしてもあなたがいれば」
と歌い上げられてぞっとする。



そういう風に今更気づかされるのは
意外と昔好きでヘビロテしてた曲ではなくて
さらっと聞き流していた曲が多い。
歳をとって人生経験を積んだからからわかるようになった、のかなぁ。

とはいえ
結局は相性だよね。他人に同じように評価されなくてもしょうがない。
私自身他の人が「大好き!」といってるものの良さを
ちっとも理解できないこともある。
だから好きなものは自分だけで楽しむことが多い。
同じものが好きな人でさえ
同じものを見ているとは限らないから。

それをさみしいとは思わなくなった。
みんなで好きなものを共有したい、とか
一緒に楽しみたい、とかね。

好きなものと一対一でじっくり対話するのも、いいものです。
posted by 草 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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