2009年04月21日

いまさらだけど、だから。

物心ついた頃の私にとっての悪は、間違いなく父親だった。
経営者なのをいいことに会社にも行かんと
夕方から早朝まで酒を浴びるほど飲み続け
朝から轟音のようないびきをかきながら寝ているくせに
家の中ではふんぞり返り、まわりに当たりまくった父は
擁護のしようもないアル中ダメ人間だったのは事実だ。

それを「お父さんは病気だから仕方がない」とかばい
専業主婦とはいえ家族の誰よりも働き
子供を厳しくも優しく育て
意地悪な姑や親戚と毅然と戦った・・・と自称する母を
私が絶対者として尊敬し愛したのは当然の成り行きだろう。
ただでさえ母親って子供にとって絶対者だしね。

そんなわけで至極普通に妥当に
思春期=反抗期にはわかりやすく父親に反発し
そのまま家を出て戻らなかった。
(とはいえ父親の金で大学に行き生活していたので
中途半端な反抗と言われれば否定のしようもないが)

それがまず最初に変化したのは大学卒業後だ。

ちょっとしたきっかけでノイローゼ?になり
かかった精神科でACという言葉を知り共依存という言葉を覚え
母親にも責任があるという考え方を他人から吹き込まれた。
勿論、その考え方が間違っていたとは思わないのだが
その考え方の真偽というか実際を
当時の私には心の底から納得できていたわけではなく
ただ自分が生き辛いという鬱屈を、今更どうしようもない父親ではなく
育ててくれた、偉大な母親に掬い上げてもらいたいという一心で
母親にぶつけて困らせたような気がする。

尤も、今考えると暖簾に腕押しだったのではあるが。

それでも、そんな風に責任を母親に押し付けていても
母親への私の強い信仰は変わるわけではなく
偉大な母から生まれたのに何故私はこんなに卑小なのだろう、とか
生きていたくないと考えることへの申しわけなさみたいなものを
常に抱き続けていた。
結構長い間。
むしろ、偉大な母だ(だと思っていた)からこそ
心置きなく責任を押し付けられたのかもしれないけどね。

そんな時期も過ぎて、やがて父も亡くなって
それなりの感情の精算も済んで
もう今更親との関係なんて変わらないだろうと思っていたんだけど
最近になって、年齢を重ねたこと、自分が結婚したこと
そして妊娠したことでまた別の側面が見え始めた。

っていうより
うちの母親、全然完全無欠じゃないや。ってことに
この年になってやっと気づいたのである。

小さい頃の母の口癖は
「あんたはお父さんがいらないって言ったんだけど
私がどうしても欲しいからってお願いして出来た子」
だった。

これって、端的にひどくね?w

父親はあんたを要らないといってる。
私だけが必要としているのだから
私がお前のすべてなのだ、ってことだよね。
恐らく母親に脅迫の意図はなかったと思うのだけど
あまりに子供への配慮にかけた台詞ではある。
洗脳だよね。より母親を絶対者とするための。

ただ、この台詞を思い出すと、怒りや悲しみよりも
いかに当時の母が追い詰められていたのか、と気づくことが出来る。
考えてみれば当時の母は今の私と同じ年頃なのだ。
周り中が敵と思えば子供にこんな台詞を吐きたくもなるかなぁと。

ま、これは一つの極端な思い出なのだけれど
冷静に思い出してみればかなり色々人格を否定されたり
無視されたりしながら育ったなぁという気がしてくる。

まず滅多に褒められなかった。
というよりも「えらかったけど、でも・・・」と条件がつくのだ。
決して手放しで褒めてはもらえなかった。
母に聞いたところ
「周囲の人間(主に親戚)が
いい子いい子と育てられろくな人間にならなかったので
なるべく否定した」
とのこと。

ひどくね?w
いや、極端すぎない?ってことだけど。
そんなんだからびくびくした、
他人の評価を気にする子になったんじゃないのか?というと
「それはお父さんが怖がらせたせい」
と責任転嫁。
いや、いまさら父になすりつけられても・・・。
というか私の実感は無視なの?

他にも優しくないとか不器用だとか怠け癖だとか
体調が悪いのは気の持ちようだとか
すぐなんでも病気にしたがる、とか
まぁ否定の多いこと。
いやまぁ、わたしもいい加減ご指摘の通りダメ人間なのは確かですが
普段から「子供の性格は親の育て方」と豪語する人にしては
その評価はお粗末じゃないでしょうか。
あなたが育てたんですよ?

世間づきあいの相談ごとをしても
「他人に好かれたいと思うのは単なるワガママ」
とかにべもない。
いい加減に腹が立って反論すると
返ってくるのは「あーわるぅござんした」みたいな逆ギレ台詞。
「前提条件をちゃんと言わないで意見を求めるから
的確なアドバイスができない」とかいいよる。
いや、人の言葉を遮って「だからあんたは・・・」
みたいな決め付けをしたのはあなたなんですが・・。

あれれ、こんな人だったかなぁ。
あーいえばこーいう。そのまんま。
絶対に自分が悪いとは言わない。
なんかよく居るおばさんなんだけど・・・。

でも逆にその実感が私を楽にしてくれるのも確か。
あぁ、母も人間なんだなーと。
同じようにこっちも
「お母さんひどすぎ。」
「育て方間違えたんでしょ」と言える。
こんだけ責任逃れするなら言ってもかまわんだろ。
全然この人そういわれても堪えないじゃん。みたいな。

なんか、三十すぎていまさら親に恨み言を言う娘、みたいで
若干気恥ずかしいけれど、でもなんかちょっとそれが楽しい。
今更そんなことを蒸し返される母にはちょっと悪いけど。
戸惑っているみたいでもあるけど。

母のそういった面を見て、怒りや悲しみよりも
人間なんだ、なーんだ。わたしも気楽。
そう感じられるようになったこの年だからこそ
母が完全ではないと気がつけたというべきなのかな。

親はいつか子に乗り越えられていくもの。
偉大すぎる親の元では子供はダメになる、なんて話を聞くけど
こうして人生の最後(まだまだ元気だけど)に
なーんだ。母もただの人間か、と思わせてくれるってことは
それがまたそれで偉大な母なのかなぁなんて思ったりもして。

ちゃんと感謝してるから。


posted by 草 at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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